NHKでアリエッティの制作ドキュメンタリーを見た。
米林監督一人にアリエッティの全ての責任を任せたジブリの首脳陣。
400日で完成させることを任せられた監督。
監督としては、凄いプレッシャー。映画の監督は初めての経験だし、本当にこれで良いのかという不安もあるし、スケジュールは押しているし、制作費も数十億円というお金がかかっているから、後にはひけない。
宮崎駿監督や、鈴木敏夫プロデューサーの立場からしてみれば、とにかく後を引き継げる人を見つけて育てなくちゃいけない。だから、ダイヤの原石にかける。
そんな内容だった。
ここで、数年前にとあるプロジェクトを立ち上げたときの仕事を思い出す。
初めてのアーキテクト、大プロジェクト、明らかに厳しいスケジュール、未計画な状態、そんな状態で、規模さえ違えど(って、どちらが大きいことやら)同じような立場になっていた気がして、そのときの心情と米林監督の心情って同じなんだろうなと勝手に想像していた。
そのときの心情
・とにかく後にはひけない
・心身ともにボロボロ
・本当に大丈夫かどうか、とにかく不安で不安で仕方がない
・やるからには半端なことはしたくない
・一度作ってしまったけれど、やっぱり違う気がするので、やり直したい
でも、やるしかないんだよね。こうゆうときは。
結局は、自分に言い聞かせるしかない。「大丈夫。自分を信じろ。」って。
とはいえ、自分をすぐに信じて、ぼろが出るのが普通なので、不安で仕方がない人(夢に出てくるのは普通)なら、自分で信じろっていうくらいがちょうどいいのかもしれないけれど、
普通の人が、大丈夫って言うのは絶対信用しちゃ駄目だね。そのときは必ず痛い目を見ることを保証します。
ということで、教訓
・不安にならない人には仕事はさせるな。
・後継者を育てたかったら、突き放し、まかせろ。
・やるしかないんです。度胸です。
ところで、
責任って何?アホなマスコミや政治家のせいで辞めれば良い、みたいになっているけれどそうじゃない。じゃぁ、損失を補填出来るかというと、個人では絶対できない。
結局、責任って
・お前がなんとかするんだよ、という指示
・できなかったら、この人が悪いんです、って言われる
・会社とか組織が使う、問題が起きたときの処罰の材料
くらいでしかないんだろうなと。
だから、ネガティブな面での意味というより「責任者」という立場の明確化をして、物事を上手く進めるために、責任ってヤツを人に付随させるんだろうなって思った。
ところで、宮崎駿監督が
「これまでの人たちが、腕が動かなくなるまで描き続けて築き上げたものの上で
お前達はのほほんとやってるんだから、もうちっとがんばれ」(かなり意訳入ってます)
みたいなことを言っていたけれど、今の仕事も、これまでの過去の人が築き上げてきてくれたものの上で、かなり、のほほんとやっているなぁと反省したりもした。とはいえ、仕事の仕方とか努力の仕方とかが昔とは違うので、気合いと根性で仕事はしないように注意しながら、がんばろうと思う。
ところで、借り暮らしのアリエッティのBGMってホント良いよね。
音楽って、素晴らしい。