2009年6月25日木曜日

シンボルとなること

iPhone 3GSの前夜祭でiPhoneの飾りを頭につけている人を見て思う。
iPhoneのあのデザインは既にシンボルになっている。

だから新しいデザインとかそうゆうことを考えない。
むしろ、あのままであることがシンボルとしての価値を高めているし
次にデザインを変えて出す商品は、
そのシンボルを壊してまでも出す意味がある商品が出てくる。

シンボル化されていると
みんな同じも物をもっていて嫌だな〜という領域から
持っていて当然の領域に移行する。


シンボル化は意図的にやろうとしても
簡単にできるわけではなくて
それができるくらいに、素晴らしい性能、機能、使い勝手、
その他の環境をそろえたものに、
完成されたその時代にとっては
普遍的になりうるデザインがあってこそ実現できる。

だから、戦略的にやろうとしたときに
上っ面だけがんばっても、やっぱりシンボルにはなれない。
シンボル化できる価値があって、
シンボル化されたかどうかは大衆が決めること。


ただ自分たちがそうゆうものを作ろうと思っていない限りは
つまり、毎回毎回商品を単発的に企画し設計しているうちは
シンボル化へは向かえない。

毎回毎回の変化を楽しむ、という戦略
(というか場当たり的な事業運営)と
1つのこと(総合的にはすごい規模の戦略と投資が必要な)に集中した戦略
のどちらがいいとは言えないけれど、
自分たちがどちらにいるかは、
しっかり心に止めておかなくちゃいけない。

でも、結局のところ、
そのどちらの戦略で進もうと思っても、
成功するかどうかはその会社の(人材の)能力によってしまう。

でも、迷っているうちは、どちらも失敗する気がする。

2 件のコメント:

piyotori さんのコメント...

ある新しいコンセプトを持った商品があって、それが世の中にどういう感じに、どの範囲に、浸透する/突き刺さる商品なのか、シンボルに昇華するのはそのレベルがどこからなのか、そういうところを数字で言い切れる会社って、(一般的なイメージとは違う意味で)「技術の会社」かもねって思います。

もしもどこでもドアを作れたとして、その価格と普及台数の目標をどう設定すれば、世の中にどういうインパクトを与えられるか、言い切れますか?みたいな。

Kousuke Suzuki さんのコメント...

いやぁ、コメントもらっていることに全く気がついておりませんでしたが、結局のところ、分からんのですよね。

分かる人もいるのでしょうけれど、分からないから、失敗できる体質になっておくことが、いいのかもって、思ったのは大企業病なのかもしれませんが。